ぼくらは夜にしか会わなかった

ぼくらは夜にしか会わなかった

ぼくらは夜にしか会わなかった 市川拓司 ***

憶えていてね、と彼女は言った。 忘れないで。 美しく純粋な魂が奏でる、せつない祈りに満ちた純愛小説集。 なにを書いているの? と訊ねると、彼女は、わたしたちの物語、と答える。 わたしたちがここにいたこと、ここで出逢い、そしてともに生きたこと、そのすべてを書き残しておきたいの。わたしたちの運命がどこに向かっているのか、それを知ることができたらと思う。でもそれは所詮無理なことよね。だから、せめて忘れ去られてしまうまえに、こうやって言葉で残しておこうと思ったの。 去り行く定めにある者たちが抱く淡い夢。記憶の中に生きること。 (「いまひとたび、あの微笑に」より)